高麗人参の名前の由来

高麗人参の語源は、高句麗の時代にまでさかのぼります。
当時、中国の人たちは高句麗のことを高麗とも呼んでいました。
つまり、高麗人参と朝鮮人参は、同じ意味ということになります。

朝鮮では、高麗の時代に入ると、野生の山人参である山参、高麗人参の需要が増えてくる一方で、山参の収穫量が減少し、本格的な人参の栽培に取り組むようになっていきます。
李氏朝鮮王朝時代になってくると、開城商人を介して日本との人参の貿易が活発となったために、日本では、朝鮮人参という名前が定着したのではないでしょうか。
中国や朝鮮だけではなく、日本でも、人参の効果については高く評価され、不老長寿の霊薬ともいわれており、当時からすでに万能薬として使用されてきました。
日本国内では、一般的に人参のことを朝鮮人参とよんでいますが、他にも、薬用人参という言い方や、御種人参という呼び方もあるようです。

会津の農家の人たちは、西洋人参と区別するために、ネンジンという呼び方をしているようです。
本来、人参というのが、天然に自生している山参のことを意味するものでした。
参は、朝鮮語ではサムと呼ばれたり、シムとよばれているのですが、今でも山へ山参を掘りに行く人たちのことをシムマニと呼んでいるのは、その名残ではないでしょうか。
人参という字は、人と参という字から成り立っています。

人という字を使用しているのは、人参が人のような形をしているからです。
人蔘の蔘という字は、朝鮮半島では、古来から植物由来の生薬の中の王のような存在である王草という意味をこめて、参の字の上に草冠をかぶせていたようです。
また、蔘は、参、つまり三にも通じることから、天と地と人の三位一体という意味もあり、父、母、子のような3つで1つのものという意味も込められています。
三は、昔から東洋においては、完璧という意味を持つ数字で、もっともいい数字であるとされていたために、完全で良薬であるという意味合いも込められて参という字を使用したという説もあるようです。